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内省することね

モラトリアム人間が自己理解を深めていくブログです。

"しょうらい"のゆめの話

 わたしの幼稚園時代の"しょうらいのゆめ"は『かわいいお姉さんになること』だった。

 幼いころのわたしは可愛かった。同じ幼稚園だった中学同級生男子にも証言はもらっているから信憑性はあるのではないだろうか。

("今は見る影もないよな"みたいな反応をもらったことは置いておこう。)

 白いレースのスカートがお気に入り。おしゃれをしたいときはお母さんがつくってくれた四葉のクローバーのワンピースを着て、いつもちいさな猫のぬいぐるみを持っていた。(いつだったか忘れたけれど、珍しく行った家族旅行先でお土産に買ったぬいぐるみだったと思う。そういえばそんなこともあったような。)

誰からもよく泣かされて、兄ちゃんに「泣くな女だろ」と言われて笑って泣き止むような女の子だった。兄が小学校高学年になってからは見る影もないが、昔はとても優しいお兄ちゃんでお兄ちゃん子だった。兄ちゃんと兄ちゃんの友達にかまってもらうのが好きだった。

 小学校の卒業アルバムの中の文集。"しょうらいのゆめ"について書いた。

4つの候補があった。

①経済学部に入る。

想像していたのは北大だったろう。為替に興味があった。

②獣医になる。

この辺り「動物のお医者さん」の影響を受けている。ハムテルかっこいいよね。

③薬剤師

医療関係に関心はあっても医者になるとは思わなかったし、看護師にもなりたくなかったんだと思う。小さいころ母親が医療事務をやっていた時期、兄妹揃って風邪気味で(私はインフルっぽかったんだけども)二人で病院の中母さんを待っていたときに見知らぬ看護師さんが声をかけてきてくれたようなぼやっとした記憶がある。人見知りしてたから怖かったんじゃないかな。

④漫画家

そのころ丁度自分の中での銀魂最盛期だったもんね。やりたい度一番高かったけど稼げないと思って最後に書いた気がする。

 結論、『かわいいお姉さん』どっか行った…。卒業するころにはかわいさも消えてたしなあ、まあ仕方なかったのだろうと思っている。

 

 

  中学・高校は言わずもがな受験ですから、将来の夢どうこうではなかった。自分の選択肢をできる限り広く持とうと思って勉強した。めちゃくちゃ熱心というわけではなかったがそれなりに。

 大学に入って、将来何やりたいのと聞かれることが多くなった。受験が終わり、大人からの目線が就職に行くことも影響するのだろうと思う。

 今思うことはやはりわたしの"しょうらいのゆめ"は『かわいいお姉さんになること』なのだろうということ。

職業・仕事としては「"人がはたらく"ということに関わる。より働く人が働きたいかたちで、自らが選んだ仕事を通じて幸せになれるようなお手伝いをする」(言葉がまとまらないからあとで修正する)ということになるけれど、生き方としては『かわいいお姉さん』でありたいと思う。

 自分が思うようなあり方・生き方をして、それで幸せで。人と関わって楽しめて。

会った人に素敵な人だなと思われるような『かわいいお姉さん』でありたい。

今は情けないけれど、ちいさなわたしがわたしのことを好きで『かわいいお姉さんね』って言ってくれるような人でありたいと思う今日です。

 

 なんでこんなこと今書いているかというと、生き物を家に置くだけで掃除しようとする気がおきるよという話を聞いて、実行しようと切り花を買ってきたからです。

ピンクのガーベラかわいい。ちゃんと女の子しよう週間というか最低限文化的な生活を送りたいと思います。

今日は以上。それでは皆様、おやすみなさい。

今思うことを徒然なるままに

色々考えてみて、人と話をしてみてわかったこと。

私は自分と他人が違うのだということを本当の意味で理解していないのだろうということが分かった。

理解していないことがわかっただけで、自分と他人が違うことを理解したわけではないのが中々難しいところではあるけれど。

相談に乗るときとか、自分をその立場に置いてみたり、相手の感情を理解したうえで話すことを心がけているけれど、それが一般的なものなのかはわからんということ。

(まあ、わたし自身がそうあるだろうと思っているだけで、相手がそのように受け止めているかはまた別な話だけれど)

 

自由はトレードオフだということ。虐殺器官に影響されているところも多分にあるが、わりと思っていることが形になっているなと思ったので書く。

組織の話になるけれども、組織に所属するということは自らの行動の決断というか自分の時間の使い方を組織の決断に付随するように決定する必要があるのだろうということを思った。

あと、自分は組織の一部であるけれども組織は自分の一部であってはくれないのだろうということも思った。

組織に所属する⇒時間の使い方に制限が加わる⇒組織内での選択肢が得られる。

こんな感じか。

最初の頃は組織に所属することで得られる選択肢が魅力的だったけれど、今はあんまりという感じか。

今思うのは、組織に所属することで自分はどこにでも行けるということを教えてもらったなということと組織に所属しなくてもわたしはどこにでも行けるのだということ。

これは結構前から思っていたような気がする。

この間話した時よりは組織にこだわる必要ないよな、と思っている。

 

あの2週間からなんで変えることにしたのか、ということを聞かれた。

今なんとなく思うのは、自分が組織に与える影響が大きいことが分かったということとその責任を積極的に負いたくないんだろうなということ。あと組織に所属することで求められる責任がでかいなあということ。

あのとき一人で背負っていた感はあったけれど、誰かに頼ることができたかというとそうじゃないからあの状況になっていたわけで。結局その中で私が全力で助けを求められる人がいなかったというだけな話しな気がしている。(これ書いているとこころがざわざわしたから、傷をえぐっているからなのか、どこか偽っているからなのか、検討する必要がある。)

あのとき誰を頼れただろうか。頼るための準備が不足していたんだろうなとも思うし、自分がメンバーを信頼できていなかったのかもしれんとも思っている。

やっぱり明確な問題が発生しなければ気に掛ける人なんていないんだろうなということを実感したような、能動的なヘルプを求めなければ放置なのかなとか思う。あとわたしのヘルプの出し方下手くそなんだろうなとも。

(すごくざわつく。なんだろうこれ。けど言葉が上滑りしているような感じはないからそう思っているんだろうなとも思う。)

あの関係性はいい意味でも悪い意味でも対等だ。対等だからこそ言えないこともあるということもよく分かった。人の幸福を祈ることと幸福のために行動することは違うのだなということも分かったと思う。人と関わるときのかかわり方って違うんだということも教えてもらえた。

 

この間話したときに君は信用を失ったよね、といった言葉をもらった。行動から見て当たり前だよなと思っているし、その言葉によって傷ついたわけでもない(と思う)。

しかしながら、自らの一方的な関与でしか得られない信用って綱渡りみたいなもので、給料をもらってやっている仕事やその人の信用というか信頼か、それを得るためにやっている行動でないのであれば別に相手にとって都合がいいというだけで構築されるような信用は自分にとって必要ないなと思う次第で。

このまとまりで結局言いたいのは、信用するために能動的なかかわりをあなたたちはしてくれたのだろうか、という投げかけ。

(この辺りは感情と自己正当化が入っているような気がするから再考が必要かと思う。)

 

 今の思いは、

・わたしは組織がなくてもどこにでも行けるということ。

・組織に対して積極的な責任を負いかねるということ。

・組織のメンバーに対する活動は自分のやりたいことに関わるが絶対的に必要なものではないということ。

・メンバーは好きだということ。

・メンバーと一緒であろうが、現行存在している組織の活動はやりたくないこと。

・組織を変えてまでやりたいことをやるような組織に対する熱量は私の中に存在していないということ。

 

あと、私の行動特性を直す必要があるけれど、それはその組織ではできないんだろうなあとも思っている。だって頼れないんだもん。みんなはみんなの事情があって、その組織最優先にしている人って難しいだろう。そして自分の仕事・感情以外に配慮をする人がどれだけいるだろうか。(結構この辺り逃げが入っているとも思う。)

失敗する自分とその影響を受ける他者を見たくない気持ちもある。その影響を受ける他者というかその影響を受けた他者を認識することによって生まれる自分の感情を受け取りたくないというのが真実であると思うけど。自分の与える影響範囲が思いのほか大きくてそれに対する責任を負いかねるなというのを実感したのが今回なんだと思っている。それほどの責任を負いたいと思えるまで、その組織の活動に愛着をもてなくなったのかなとも思う。

 

たぶん今握りしめている組織に対する未練というか執着は、初恋の人に対する思いと似ていると思った。過去の自分にとって重要だったものが、未来の自分にとって必要なものでなくなってしまうということに耐えられないのもあるんだと思っている。(このあたり言葉綺麗につくっているけど、真実がこうなのかはちょっとあやしいなと自分で思っている)

小さいころもらったぬいぐるみを離せずに握りしめているような気持ち。

あと、先輩が5人で(新歓のとき初めてあったのは3人)、一番最初の新歓に来ている新入生2人。やっていることはいいことでそこにいる人がいい人なのにこの組織なくなっちゃうかもしれないという危機感から入会を決めたけれど(社会と関わりたいと思っていたものあるけれど)、その危機感がなくなっていて、メンバーの組織に対する思いも熱くなっているから大丈夫だろうと思っているのもあるんじゃないかなあ。

まだ関わりたいと思っているのは、最初の頃の名残のような気がする。

 

この辺りはまあ新しく自分が自分を捧げられるようなものを見つけて(自分がそこにいることでより幸福を感じられるような場所)、その組織に対する責任を放棄するのだということを自覚するしかないのかなと思っている。選挙の場にいたし、組織のメンバー好きだから協力したいけど、結局責任を負うことができないのであればそれもやむなしだなと思う。わたしがやりたいことを追求する中で提供することができるものを伝えるぐらいが関の山だろうなという気がしている。

 

双方ともにその存在自体が足かせにならないようにしたいものだなあ。

今回の騒動で私に向き合おうとしてくれた人に感謝を。ありがとうございます。

もっと早くわたしのことについて相談することができていたらなと思えてなりません。

 

自分がやりたいと思う方向へ一歩ずつでも進めていけたらと思います。

 

好きなこと以外をしないという選択

 人生の目標はその人自身が幸福に生きることだと思っています。

 他者から見て幸福に見えるかどうかは関係がありません。その人自身が幸福であると自信をもって言えるかどうか、それが重要だと思っています。

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 私は今まで、未来のための今を選択してきました。未来の自分が困らないように勉強し、選択肢を狭めないように行動してきました。

今まで「今を楽しむための行動がわからなかった」ことも要因の一つではありましたが、それがその時の自分にとって最も良い選択だったと今でも思っています。

 現在、私は自分自身で今を楽しむことができます。

好きなことを好きだと言えるし、行動することへの抵抗も年々減ってきました。

そうなれた自分のことが好きだし、自画自賛にはなりますが自分自身を凄いなと思うこともできるようになりました。

 行動するにつれて自分のことが以前と比較してわかってくるようになります。

「こういうこと向いてないな」とか「これ、やりたくないことなんだな」とか。

マイナスに思うようになる状況から抜け出せなければ、自分のできない面・嫌な面ばかりが見えてきて、自己嫌悪のループに入るようになってきます。

そのループから抜け出すためには、できないことを無理してやらない、という選択をすることが最もよい選択肢であるように思えました。

他者から見て無責任かもしれません。しかし、選択をし、自分で決断をする必要があるのだと今思っています。

 様々な選択をした人を見てきました。どうしてその選択をしたのか、自信をもって選択をしたのだと教えてくれる人や聞いても教えてくれない人もいました。けど、それは自由を行使した結果なのです。

 私は今、選択をします。自分の好きなことをして生きています。どちらでもいいことは切り捨てます。自らにかかる責任をコントロールします。無理をしません。今の自分のためになり、未来の自分のためになる行動をします。未来のために今を犠牲にしません。今のために未来を犠牲にしません。

選択したことが幸福であると言えるように、私にとっても、他者にとっても最も良い選択を。

 

どんな顔すればいいかわからないけれど、ひとまず今日は顔を出したいなと思う次第。

どんなテンションで、行ったとしても何をすればいいのかわからないし、迷惑かけること必至だけどね。不義理をしている分、これ以上この状態が続かないように、自ら行動を。

 

2月に思う、これからやりたいこと

記事も書かずに予約投稿をしていたのを忘れていました。

今書くために未来の私が贈りものをしてくれたのだと思いつつ、書きます。

(2017/2/22@Madrid)

 

・地元・日本について学ぶ

 自分は日本について何を語ることができるのだろうと思ったとき、まったくない自分に気づきました。また私の地元についてもほかの人に比べて碌に話せないなと思っているのでその思いを払拭すべく学んでいきたいと思う所存。まずは日本の宗教の歴史について学んでいきます。

 

・世界に存在する宗教について学ぶ

 スペインに来て様々な絵画や建築物を見ました。美しさはわかるのですが、無知なもので残念ながら素晴らしさや意味するものが表面上でしか読み取れませんでした。

より文化を理解することができるよう、人々の文化の根本にあるものを理解するため行動します。

 

・英語を使う

 日本で生活している中ではほぼ英語を使うことはありません。そのような状況であれば英語が上達するはずもありません。得られる情報の幅を広げる、また自分のとれる選択肢を広げるという意味で上達するためまたコミュニケーションをとるために英語を使います。

 

スペイン語の学習を継続する

 スペインに留学したからと言ってたかだか2週間であればできるようになったこともすぐに忘れてしまいます。スペインに来て生活が合うことも分かったので、将来スペインでも働けるように実践レベルまでスペイン語を使えるよう学習を継続します。

また、この期間で大学の先生が少し身近になったので、これを機に個人的に関係を深めていって様々なことを教えてもらいます。

 

・経済を勉強する

 経済学部なのですが、まったく学部の勉強をしていないなとしみじみ思っております。しかし経済は世界に広く浸透している文脈の一つ。せっかく学部にいて学習する環境は整っているのですから、積極的に活用し経済の勉強をします。

 

こんな感じかと。いろいろ書くとやりたいことたくさんで幸せだなとおもうのですが、自分の精神的負担にならないように楽しみつつ行動していきます。

恋妻家宮本を見てきました。

こんにちは、ことねです。

今日は友人と話した後、恋妻家宮本を見てきました。

www.koisaika.jp

 

…ものすごく泣けた。

映画の中の登場人物が自分の行動・姿に重なって仕方なかった。

阿部寛演じる宮本陽平の情けない姿と天海祐希演じる美代子の逃避する姿に

自分が見えて仕方なかった。

行動に出るまでいろいろ考えるんだよね、本当に。

でも人と話して、関わって、行動して初めて変化が生まれるんだな、というのも

学ばされました。

 

 今回の映画の中でもだし、最近の日々の中でも人の優しさが身に沁みます。

正しくあることは難しいし向いていないと思うけれど、人に優しくありたいなと思う今日でした。

 

 劇中歌・吉田拓郎の「今日までそして明日から」に泣けてしまって仕様がない。

私は今日まで生きてみました。

情けないこともあるけど、人のやさしさに触れて、考えて、生きてきました。

今日まで生きてみた自分を認めて、明日からもこうして生きていくだろうと

希望をもって言っていきたい次第です。

 

吉田拓郎 今日までそして明日から】

www.youtube.com

 

今回はこの辺で。優しい人であるよう、動こうと思います。

 

 

 

 

私が変わった時期

こんにちは、ことねです。

最近どうして自分がこんなにブログを書くのかわからないのですが、ストレス発散と自己理解に大きく貢献しているので無理せず好きな時に書いていきます。

 

さて、今回は私の性格が大きく変わった時期について考えてみようかなと思います。

以前書いた性格が変わった時についてですね。

(参照:わたしと学校と勉強。 - 大学生のひとりごと)

 大学に入ってから、様々な機会を通じて自分について考えてきました。

人生感情曲線を書いてみたり、自己理解ワークを女川でやってみたり、交流分析を学んでみたり。そのうち、小学4年から5年位が自分が変わったといえる時期なのではと思うようになりました。

父親が単身赴任を始めたときだと思っていたのですが、どうやら違うらしい。

(父が単身赴任し始めたときのは小学1年生のときだそう。)

いい機会なので原因解明をしていこうと思います。

1.担任の先生が変わった

小学2年生から4年生までの3年間お母さんみたいな先生が担任でした。

5年生になると担任の先生が小さいけど底抜けに明るい童顔のおじさんになりました。

またクラス替えも行われ、落ち着いているけど元気な子もいるクラスという雰囲気から溌溂とした明るく子どもらしいクラスという雰囲気に変わりました。

 

2.兄が思春期になった

私には2歳年上の兄がいます。その兄は小学校高学年の時期、中々苦労していたようでその八つ当たりが私に回ってきていた節があります。私がそこにいるだけで邪魔、みたいな感じですね。暴言が酷かったです。

最初は悲しくて泣いたり、なんでそんなこと言うんだろうと考えたりしていましたが、時間とともに慣れてしまいました。そのおかげで今でも暴言とか聞いてもふーんって感じです。影響を受けて口が悪くなったりもしました。

 

3.女の子扱いされなくなった

 上記二事項により、私は

①女の子というよりは子ども

②男子に向かっていけるだけのメンタルを持っている

という特徴を持つようになりました。

そうなってくるとどんどんエスカレートしていくもので、男子のかわいらしい悪口に歯向かうようになる。終いには追いかけて手を出す。というような子どもになっていきました。また太りだした時期でもあったので、もう女の子ではないことねという独立した存在として対応されるようになりましたね。あと女の子可愛かったから守ってたし。

 

4.まとめ

 こう見てみると環境の影響凄いですね。先生が変わるタイミングと兄の思春期に慣れたタイミングが一致しているのが最高だった気がします。先生が変わる前は優等生である自分と兄を比較してこころを守っていたし、兄によって変わりつつある性格が先生が変わった後のクラスで適応したという感じです。それによって自己肯定感を失うことなく変わっていくことができたのではないでしょうか。

 また、母・兄・私(父は単身赴任でほぼ帰ってこない)の3人暮らしだったので、兄に頼れず、仕事で疲れている母に頼ることもできなかったことにより、「自分のことは自分で何とかしなければならないんだ」と思うことができたのが大きかったように思います。

 女の子扱いされなくなったというのは良い面・悪い面両方あると思いますが、大学に入ってから少しは女の子らしさを取り戻すことができたのでそれはそれでよかったのではないかと思います。

 今の自分を肯定することができたら、過去の自分を認めやすくなるなとふと思いました。また、日々過ごしていて思うのは、「あれ、私のこの行動おかしいな」と思うとき、振り返ると昔の私の人とのかかわり方があることです。特に母親との関わり方に問題があったような。まだまだ自分のことはわからないことばかりですが、少しずつ変わっていけたらと思います。

 

それでは今日はこの辺で。

 

受験期の私と今の私の関連性

こんにちは、ことねです。

 前回の投稿(わたしと学校と勉強。 - 大学生のひとりごと)

でざっと学校・勉強について書いていたら、

「そういえば受験期イライラしてただひたすら寝て、web小説読んでたわ。

母さんとも口利きたくなくて返事もロクにしなかったわ。」ということを思い出しました。

…状態、今とすごい似てないか?(前に比べてちょっと良くなったけど、

連絡見たりとったりするのにえいやって気持ちが必要。)

と思ったので、ちょっと深ぼってみようと思います。

 

1.受験期とここ2週間前の共通点

《タスク》

・やることがいっぱいある(気がしている)

・特に前もってやらなきゃいけないことをこなせていない(と思っている)

➡タスクが整理されていない状態またはタスクが溜まっている状態である。

 前もってタスクを処理できていない状態である。

《プレッシャー》

・自分が行動を起こさないとその人に迷惑がかかる・悪影響を与える(と思っている)

➡勝手にプレッシャーを作り出し、自分を追い込み始める。

《原因》

・やればいいだけなんだけど、なんかできない/やりたくない。

・前までできていたことがなぜできていないのかがわからない。

➡今できない理由はわかる気がするが、気だけ。

 原因を取り除けない(と思っている。)

《解決法》

・自分が行動を起こす以外に問題の解決方法が思いつかない。

・相談しても自分の中の結論が出ているから相談できない。

➡できないのに頑張らなきゃいけないと思う。

 わかっているのにできない状態を取り除けない。

 ほかの人に手助けを求められない。

 

2.感情が制御できなくなるまでの仕組み

 すこし考えただけで、これだけ出てきた。

上記のことが私のストレス原因となるのだと思う。

また《プレッシャー》から

動けない⇒プレッシャーがあると思う⇒その人に迷惑をかけると思う⇒罪悪感を抱く⇒動けない⇒...のループに入っていって、それが一定の期間に達すると自分が嫌になる。

 挙句の果てに

自分が嫌になる・罪悪感を抱く⇒自分のことを嫌いにさせる・罪悪感を抱かせるその人に対して怒りの感情が湧く⇒閉じこもる・八つ当たりする

という現象になるのだろう。閉じこもる・八つ当たりするという反応が起こるのは「なぜ私をわかってくれないのか!」という相手にとっては酷く理不尽な怒りが自分の中に湧くからだろう。

 

3.交流分析の活用(読み飛ばし推奨)

 ここで、何故このような仕組みになっているのかを交流分析の理論を活用して考えてみる。(私は2級資格しか持ち合わせていないので理論を正しく理解しているかは自信がない。もし興味があるのであればNPO法人 日本交流分析協会|トップの紹介講座を受けてみることをお勧めする。)

 ミニスクリプトの項目を参照する。この流れから見るに、私はドライバーとして「完全であれ」を持ち合わせているのだと思う。普段は出てこないが、イライラしているときやプレッシャーが大きいと感じる時に出てくるようだ。(基本的に私は中途半端だろうが納得できれば良いと思っている。)

 上の例で見ると

完全でない(=動けない)私はダメだ…OKでない、という気持ちになり、焦ってまた動けなくなる。そして「私はOKでない、あなたはOK」の感情に浸ってしまう。

 加えて、「私を受け入れてほしい」という気持ちがあるためにラケットである「罪悪感」を使っているように思える。(基本的な信頼の歪み 幼児決断を参照)

しかし、ラケット感情を用いても自らが受け入れられず、「私はOKでない、あなたはOK」の感情も解消されないため、「復讐する子ども(VC)」によって反抗的になり「私はOK、あなたはOKではない」という感情になっているように見られた。

 

4.まとめ

 以上のことより、私が人と連絡を取らなくなる及び関わりを絶つ要因には

「ストレス」「歪んだ現実認知」「罪悪感及び自己嫌悪」が存在することが分かった。

以降このような人との関わりを無くすためには

①ストレスをできる限り感じないような生活をする。

⇒無理をせず、ストレスを感じたらすぐに発散。口に出せるうちに他の人に聞いてもらう。また相談できる活動範囲の違う人物を複数人持ち、すぐに相談できる環境をつくる。

②現実認知の歪みをできる限り取り除く。

⇒事実をどのように認識しているのかを書き出す。また関係する他の人に見てもらいその整合性を確かめる。問題が発生しているときはその状態及び解決策を提示するだけでなく、他者からの提案を受けるようにする。また解決策を複数持つ。

③罪悪感及び自己嫌悪を中断する。

⇒この例を見ると、私が罪悪感を抱く・自己嫌悪をするのはその行動により他者に受け入れられやすくするためであると推測される。したがって、その行動をとりだしたらその感情に浸らないように一旦自分を置いておく。また瞑想をする。

 

このような解決法が出てきました。なんか結構すっきりとやり遂げた感があります。

自分に合っているのでは?と思いますが、何かご意見ご感想等ありましたらお気軽にどうぞ~。

 

それでは今日はこの辺で!

ことね