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内省することね

モラトリアム人間が自己理解を深めていくブログです。

同居について

過去

明けましておめでとうございます。ことねです。

本当はこの記事2016年のうちに投稿している予定だったのですが、遅くなってしましました。今回はことねの2回の友人との同居を通じてわかった同居とその気づきについて書いていきたいと思います。

(正直ブログを始めたのも一回目の同居について書いて厄払いをしようと思ったのが大きなきっかけだったんですよねー。)

1回目 Sとの同居の場合
【期間】2015年秋ごろ1か月間
【同居相手】知人→友人?→片思い相手
【家】ことね宅

2回目 Kとの同居の場合
【期間】2016年冬から現在(?)(ほぼことね宅に住んでる)

【同居相手】女友達
【家】K宅

狭い空間では恋愛感情がないと同居は困難
 2回とも6畳程度の1Kに二人で住んでいたのですが、1度目は途中からことねに恋愛感情有、2回目は恋愛感情なし。両同居ともに基本的に料理はことねが担当していたのですが、1度目は料理自体が楽しく喜ばしい時間になっていたのですが、2度目は途中から自分の時間への考えが頭を占めて、なんだかなという気分になっていました。

 

同居を始める前にきっちりイメージをする必要あり

 両同居とも、その場のノリとテンションで同居しようぜという話が出てから即日決定。入居できそうだなという日にちを決めて、どちらかが移動するという強硬策を実行しました。同居をし始めるのには勢いも大切なのですが、QOLを高めることを目的とする場合、同居すると生活にどのような影響が出るのか、家事の分担はどうするのかなど苛立たない範囲でできる限り決めておくのが得策かなと思います。

 

間を持たせるものがある方がよい

 2回目の同居ではインターネット・テレビなしでの2人暮らしでした。基本家にいると暇。やることを進めたり、時間を潰したりが困難でした。テレビがあるとひとまず何とかなるし、インターネットがあればそれぞれが好きなことをすることもできます。2回目の同居では自分にとってインターネット環境が必要不可欠なんだなと実感しました。

 

自分の家に住むのとほかの人の家に住むのは全然違う

 この気づきが1回目と2回目の同居の比較でいちばん大きいものだったかなと思っています。どんな環境でも住めると思っていたのですが、違うもんだなと思わされました。

 ことねの家に住んでいるときは何がどこにあるのかわかるし、同居人のものも箪笥にしまって見えないようになっているため、普段の生活以上のストレスはそんなに感じない。家事も自分の分からちょっと増えただけな気分なんです。でもほかの人の家に住んでいると、「え、あれどこにある?」「これ、やっていいのかしら?」のように行動にワンクッション挟まることでストレス溜まるんですよね。考える必要がないっていうのがものすごく楽なことなんだなあと実感しました。

 

 これらが同居で気づけたことになります。住まわせる側と住む側を両方体験することで、現在では両者の立場で以前を振り返ることができるなとちょっと嬉しく思っています。同居することで得られることもたくさんありました。生活習慣や掃除の仕方の違いを知ることができたり、自分の"当たり前"を見直せたりします。自分にとって必要がないものがわかって、モノをたくさん処分することもできました。

 同居に関して言えることは、同居にはメリット・デメリット両方あるということ。

やりたければやればいいし、やりたくなければやらなきゃいい。

自分にとって快適な環境を求め続けられるのが幸せなことだし、その姿勢を持ち続けたいなあと思ってます。