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内省することね

モラトリアム人間が自己理解を深めていくブログです。

私が変わった時期

自己理解 過去

こんにちは、ことねです。

最近どうして自分がこんなにブログを書くのかわからないのですが、ストレス発散と自己理解に大きく貢献しているので無理せず好きな時に書いていきます。

 

さて、今回は私の性格が大きく変わった時期について考えてみようかなと思います。

以前書いた性格が変わった時についてですね。

(参照:わたしと学校と勉強。 - 大学生のひとりごと)

 大学に入ってから、様々な機会を通じて自分について考えてきました。

人生感情曲線を書いてみたり、自己理解ワークを女川でやってみたり、交流分析を学んでみたり。そのうち、小学4年から5年位が自分が変わったといえる時期なのではと思うようになりました。

父親が単身赴任を始めたときだと思っていたのですが、どうやら違うらしい。

(父が単身赴任し始めたときのは小学1年生のときだそう。)

いい機会なので原因解明をしていこうと思います。

1.担任の先生が変わった

小学2年生から4年生までの3年間お母さんみたいな先生が担任でした。

5年生になると担任の先生が小さいけど底抜けに明るい童顔のおじさんになりました。

またクラス替えも行われ、落ち着いているけど元気な子もいるクラスという雰囲気から溌溂とした明るく子どもらしいクラスという雰囲気に変わりました。

 

2.兄が思春期になった

私には2歳年上の兄がいます。その兄は小学校高学年の時期、中々苦労していたようでその八つ当たりが私に回ってきていた節があります。私がそこにいるだけで邪魔、みたいな感じですね。暴言が酷かったです。

最初は悲しくて泣いたり、なんでそんなこと言うんだろうと考えたりしていましたが、時間とともに慣れてしまいました。そのおかげで今でも暴言とか聞いてもふーんって感じです。影響を受けて口が悪くなったりもしました。

 

3.女の子扱いされなくなった

 上記二事項により、私は

①女の子というよりは子ども

②男子に向かっていけるだけのメンタルを持っている

という特徴を持つようになりました。

そうなってくるとどんどんエスカレートしていくもので、男子のかわいらしい悪口に歯向かうようになる。終いには追いかけて手を出す。というような子どもになっていきました。また太りだした時期でもあったので、もう女の子ではないことねという独立した存在として対応されるようになりましたね。あと女の子可愛かったから守ってたし。

 

4.まとめ

 こう見てみると環境の影響凄いですね。先生が変わるタイミングと兄の思春期に慣れたタイミングが一致しているのが最高だった気がします。先生が変わる前は優等生である自分と兄を比較してこころを守っていたし、兄によって変わりつつある性格が先生が変わった後のクラスで適応したという感じです。それによって自己肯定感を失うことなく変わっていくことができたのではないでしょうか。

 また、母・兄・私(父は単身赴任でほぼ帰ってこない)の3人暮らしだったので、兄に頼れず、仕事で疲れている母に頼ることもできなかったことにより、「自分のことは自分で何とかしなければならないんだ」と思うことができたのが大きかったように思います。

 女の子扱いされなくなったというのは良い面・悪い面両方あると思いますが、大学に入ってから少しは女の子らしさを取り戻すことができたのでそれはそれでよかったのではないかと思います。

 今の自分を肯定することができたら、過去の自分を認めやすくなるなとふと思いました。また、日々過ごしていて思うのは、「あれ、私のこの行動おかしいな」と思うとき、振り返ると昔の私の人とのかかわり方があることです。特に母親との関わり方に問題があったような。まだまだ自分のことはわからないことばかりですが、少しずつ変わっていけたらと思います。

 

それでは今日はこの辺で。