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内省することね

モラトリアム人間が自己理解を深めていくブログです。

2月に思う、これからやりたいこと

記事も書かずに予約投稿をしていたのを忘れていました。

今書くために未来の私が贈りものをしてくれたのだと思いつつ、書きます。

(2017/2/22@Madrid)

 

・地元・日本について学ぶ

 自分は日本について何を語ることができるのだろうと思ったとき、まったくない自分に気づきました。また私の地元についてもほかの人に比べて碌に話せないなと思っているのでその思いを払拭すべく学んでいきたいと思う所存。まずは日本の宗教の歴史について学んでいきます。

 

・世界に存在する宗教について学ぶ

 スペインに来て様々な絵画や建築物を見ました。美しさはわかるのですが、無知なもので残念ながら素晴らしさや意味するものが表面上でしか読み取れませんでした。

より文化を理解することができるよう、人々の文化の根本にあるものを理解するため行動します。

 

・英語を使う

 日本で生活している中ではほぼ英語を使うことはありません。そのような状況であれば英語が上達するはずもありません。得られる情報の幅を広げる、また自分のとれる選択肢を広げるという意味で上達するためまたコミュニケーションをとるために英語を使います。

 

スペイン語の学習を継続する

 スペインに留学したからと言ってたかだか2週間であればできるようになったこともすぐに忘れてしまいます。スペインに来て生活が合うことも分かったので、将来スペインでも働けるように実践レベルまでスペイン語を使えるよう学習を継続します。

また、この期間で大学の先生が少し身近になったので、これを機に個人的に関係を深めていって様々なことを教えてもらいます。

 

・経済を勉強する

 経済学部なのですが、まったく学部の勉強をしていないなとしみじみ思っております。しかし経済は世界に広く浸透している文脈の一つ。せっかく学部にいて学習する環境は整っているのですから、積極的に活用し経済の勉強をします。

 

こんな感じかと。いろいろ書くとやりたいことたくさんで幸せだなとおもうのですが、自分の精神的負担にならないように楽しみつつ行動していきます。

恋妻家宮本を見てきました。

こんにちは、ことねです。

今日は友人と話した後、恋妻家宮本を見てきました。

www.koisaika.jp

 

…ものすごく泣けた。

映画の中の登場人物が自分の行動・姿に重なって仕方なかった。

阿部寛演じる宮本陽平の情けない姿と天海祐希演じる美代子の逃避する姿に

自分が見えて仕方なかった。

行動に出るまでいろいろ考えるんだよね、本当に。

でも人と話して、関わって、行動して初めて変化が生まれるんだな、というのも

学ばされました。

 

 今回の映画の中でもだし、最近の日々の中でも人の優しさが身に沁みます。

正しくあることは難しいし向いていないと思うけれど、人に優しくありたいなと思う今日でした。

 

 劇中歌・吉田拓郎の「今日までそして明日から」に泣けてしまって仕様がない。

私は今日まで生きてみました。

情けないこともあるけど、人のやさしさに触れて、考えて、生きてきました。

今日まで生きてみた自分を認めて、明日からもこうして生きていくだろうと

希望をもって言っていきたい次第です。

 

吉田拓郎 今日までそして明日から】

www.youtube.com

 

今回はこの辺で。優しい人であるよう、動こうと思います。

 

 

 

 

私が変わった時期

こんにちは、ことねです。

最近どうして自分がこんなにブログを書くのかわからないのですが、ストレス発散と自己理解に大きく貢献しているので無理せず好きな時に書いていきます。

 

さて、今回は私の性格が大きく変わった時期について考えてみようかなと思います。

以前書いた性格が変わった時についてですね。

(参照:わたしと学校と勉強。 - 大学生のひとりごと)

 大学に入ってから、様々な機会を通じて自分について考えてきました。

人生感情曲線を書いてみたり、自己理解ワークを女川でやってみたり、交流分析を学んでみたり。そのうち、小学4年から5年位が自分が変わったといえる時期なのではと思うようになりました。

父親が単身赴任を始めたときだと思っていたのですが、どうやら違うらしい。

(父が単身赴任し始めたときのは小学1年生のときだそう。)

いい機会なので原因解明をしていこうと思います。

1.担任の先生が変わった

小学2年生から4年生までの3年間お母さんみたいな先生が担任でした。

5年生になると担任の先生が小さいけど底抜けに明るい童顔のおじさんになりました。

またクラス替えも行われ、落ち着いているけど元気な子もいるクラスという雰囲気から溌溂とした明るく子どもらしいクラスという雰囲気に変わりました。

 

2.兄が思春期になった

私には2歳年上の兄がいます。その兄は小学校高学年の時期、中々苦労していたようでその八つ当たりが私に回ってきていた節があります。私がそこにいるだけで邪魔、みたいな感じですね。暴言が酷かったです。

最初は悲しくて泣いたり、なんでそんなこと言うんだろうと考えたりしていましたが、時間とともに慣れてしまいました。そのおかげで今でも暴言とか聞いてもふーんって感じです。影響を受けて口が悪くなったりもしました。

 

3.女の子扱いされなくなった

 上記二事項により、私は

①女の子というよりは子ども

②男子に向かっていけるだけのメンタルを持っている

という特徴を持つようになりました。

そうなってくるとどんどんエスカレートしていくもので、男子のかわいらしい悪口に歯向かうようになる。終いには追いかけて手を出す。というような子どもになっていきました。また太りだした時期でもあったので、もう女の子ではないことねという独立した存在として対応されるようになりましたね。あと女の子可愛かったから守ってたし。

 

4.まとめ

 こう見てみると環境の影響凄いですね。先生が変わるタイミングと兄の思春期に慣れたタイミングが一致しているのが最高だった気がします。先生が変わる前は優等生である自分と兄を比較してこころを守っていたし、兄によって変わりつつある性格が先生が変わった後のクラスで適応したという感じです。それによって自己肯定感を失うことなく変わっていくことができたのではないでしょうか。

 また、母・兄・私(父は単身赴任でほぼ帰ってこない)の3人暮らしだったので、兄に頼れず、仕事で疲れている母に頼ることもできなかったことにより、「自分のことは自分で何とかしなければならないんだ」と思うことができたのが大きかったように思います。

 女の子扱いされなくなったというのは良い面・悪い面両方あると思いますが、大学に入ってから少しは女の子らしさを取り戻すことができたのでそれはそれでよかったのではないかと思います。

 今の自分を肯定することができたら、過去の自分を認めやすくなるなとふと思いました。また、日々過ごしていて思うのは、「あれ、私のこの行動おかしいな」と思うとき、振り返ると昔の私の人とのかかわり方があることです。特に母親との関わり方に問題があったような。まだまだ自分のことはわからないことばかりですが、少しずつ変わっていけたらと思います。

 

それでは今日はこの辺で。

 

受験期の私と今の私の関連性

こんにちは、ことねです。

 前回の投稿(わたしと学校と勉強。 - 大学生のひとりごと)

でざっと学校・勉強について書いていたら、

「そういえば受験期イライラしてただひたすら寝て、web小説読んでたわ。

母さんとも口利きたくなくて返事もロクにしなかったわ。」ということを思い出しました。

…状態、今とすごい似てないか?(前に比べてちょっと良くなったけど、

連絡見たりとったりするのにえいやって気持ちが必要。)

と思ったので、ちょっと深ぼってみようと思います。

 

1.受験期とここ2週間前の共通点

《タスク》

・やることがいっぱいある(気がしている)

・特に前もってやらなきゃいけないことをこなせていない(と思っている)

➡タスクが整理されていない状態またはタスクが溜まっている状態である。

 前もってタスクを処理できていない状態である。

《プレッシャー》

・自分が行動を起こさないとその人に迷惑がかかる・悪影響を与える(と思っている)

➡勝手にプレッシャーを作り出し、自分を追い込み始める。

《原因》

・やればいいだけなんだけど、なんかできない/やりたくない。

・前までできていたことがなぜできていないのかがわからない。

➡今できない理由はわかる気がするが、気だけ。

 原因を取り除けない(と思っている。)

《解決法》

・自分が行動を起こす以外に問題の解決方法が思いつかない。

・相談しても自分の中の結論が出ているから相談できない。

➡できないのに頑張らなきゃいけないと思う。

 わかっているのにできない状態を取り除けない。

 ほかの人に手助けを求められない。

 

2.感情が制御できなくなるまでの仕組み

 すこし考えただけで、これだけ出てきた。

上記のことが私のストレス原因となるのだと思う。

また《プレッシャー》から

動けない⇒プレッシャーがあると思う⇒その人に迷惑をかけると思う⇒罪悪感を抱く⇒動けない⇒...のループに入っていって、それが一定の期間に達すると自分が嫌になる。

 挙句の果てに

自分が嫌になる・罪悪感を抱く⇒自分のことを嫌いにさせる・罪悪感を抱かせるその人に対して怒りの感情が湧く⇒閉じこもる・八つ当たりする

という現象になるのだろう。閉じこもる・八つ当たりするという反応が起こるのは「なぜ私をわかってくれないのか!」という相手にとっては酷く理不尽な怒りが自分の中に湧くからだろう。

 

3.交流分析の活用(読み飛ばし推奨)

 ここで、何故このような仕組みになっているのかを交流分析の理論を活用して考えてみる。(私は2級資格しか持ち合わせていないので理論を正しく理解しているかは自信がない。もし興味があるのであればNPO法人 日本交流分析協会|トップの紹介講座を受けてみることをお勧めする。)

 ミニスクリプトの項目を参照する。この流れから見るに、私はドライバーとして「完全であれ」を持ち合わせているのだと思う。普段は出てこないが、イライラしているときやプレッシャーが大きいと感じる時に出てくるようだ。(基本的に私は中途半端だろうが納得できれば良いと思っている。)

 上の例で見ると

完全でない(=動けない)私はダメだ…OKでない、という気持ちになり、焦ってまた動けなくなる。そして「私はOKでない、あなたはOK」の感情に浸ってしまう。

 加えて、「私を受け入れてほしい」という気持ちがあるためにラケットである「罪悪感」を使っているように思える。(基本的な信頼の歪み 幼児決断を参照)

しかし、ラケット感情を用いても自らが受け入れられず、「私はOKでない、あなたはOK」の感情も解消されないため、「復讐する子ども(VC)」によって反抗的になり「私はOK、あなたはOKではない」という感情になっているように見られた。

 

4.まとめ

 以上のことより、私が人と連絡を取らなくなる及び関わりを絶つ要因には

「ストレス」「歪んだ現実認知」「罪悪感及び自己嫌悪」が存在することが分かった。

以降このような人との関わりを無くすためには

①ストレスをできる限り感じないような生活をする。

⇒無理をせず、ストレスを感じたらすぐに発散。口に出せるうちに他の人に聞いてもらう。また相談できる活動範囲の違う人物を複数人持ち、すぐに相談できる環境をつくる。

②現実認知の歪みをできる限り取り除く。

⇒事実をどのように認識しているのかを書き出す。また関係する他の人に見てもらいその整合性を確かめる。問題が発生しているときはその状態及び解決策を提示するだけでなく、他者からの提案を受けるようにする。また解決策を複数持つ。

③罪悪感及び自己嫌悪を中断する。

⇒この例を見ると、私が罪悪感を抱く・自己嫌悪をするのはその行動により他者に受け入れられやすくするためであると推測される。したがって、その行動をとりだしたらその感情に浸らないように一旦自分を置いておく。また瞑想をする。

 

このような解決法が出てきました。なんか結構すっきりとやり遂げた感があります。

自分に合っているのでは?と思いますが、何かご意見ご感想等ありましたらお気軽にどうぞ~。

 

それでは今日はこの辺で!

ことね

わたしと学校と勉強。

こんにちは、ことねです。

今日でテストがひと段落したので、精神が安定しています。

ここ2週間ぐらいひどかったのはそのストレスもあったんだろうな、と思えるようになりました。そのせいで他者にストレスを与えているのはわかってはいるのですが。

それでもやっとこさ余裕ができたので、またちょっとずつ動いていこうかなと思っています。逃げ腰ではあるんだけどもね。

 

さて、今回は過去を振り返りつつ学校・勉強から私を見ていこうかなと思います。

1.幼稚園~小学1年生

 基本おとなしいが些細なことでよく泣く。担任の先生がすごく怖かったと記憶している。学研のポピーで家庭学習をしていた。

www.popy.jp

 

2.小学2年生~小学4年生

 少し泣かなくなる。担任の先生が変わり、毎日宿題が出されるようになる。

毎週金曜日は漢字のテストだった。優しくて先生のことがすごく好きだった。

褒められたくて勉強が少しずつ好きになる。生活態度・成績ともに良好。

 

3.小学5年生~小学6年生

 学校ではほとんど泣かなくなる。男子にからかわれて、ちょっと怒りながら追いかけていくような子。担任の先生の変更・クラス替えが行われる。面白い先生で、朝にはJ-POPをクラス全員で聴き、総合学習の時間には視聴覚室でお菓子を食べながら、FREEDOMを見たり、トランプしたりした。

宿題は不定期に行われるようになり、提出率が悪化。しかしながら成績は良好だった。

http://freedom-project.jp/

4.中学生

 性格は小学5年生~小学6年生と変わらず。オタクな友人ができ、声優にはまる。

 中学1年の担任は数学の先生。変わって面白く好きだった。ここでまた先生に褒められたくて勉強を頑張る。1学期の内申ランクはC⁺だったが、そこから上げていって、Aランクへ。

 2年で先生が変わったが勉強にはまり、(勉強以外にやることがなかったせいもある)成績良好。親に頼んで塾の講習に通わせてもらいつつ勉強。3年次より本格的に塾に通い始める。(ここ20年間を見て一番勉強していたのが高校受験期だと思う。)

【内申点の出し方】

知っておこう、受験のこと,かんたん内申点計算 | 北海道学力コンクール

 

5.高校生

 大学進学率の良い真面目な高校へ入学。性格は基本的に変わらなかったが、周囲が静かで真面目だったためかおとなしく過ごす。

 1年次の担任は数学の先生で厳しかったがニヤリと笑う顔がすごくかわいかった。

ピンクが好きでホワイトデーのお返しは手作りのお菓子。(注:40代の男の先生でした。)

その先生が好きすぎて数学は一番レベルの高い講習を受けていた。途中まで理系で経済学部に入ろうと思っていたが、国公立の経済学部に行こうと思っていたため文系へ。

 2・3年次の担任・クラスが変わったが、環境はそんなに変わらず。

部活で油絵を描きながらゆるゆると勉強する生活。時間的余裕がありストレスもなかったためか成績は良好。学校が整えてくれた環境を活用していた。

 《受験期》

 受験大学を決めるときに「なんかみんなと同じところ行くのいやだな」と思い、入学から思っていた志望校を変更。みんなが受験モードに入っていくのを見ながらも勉強に対するモチベーションが下がり続ける。

 センター試験までに追い込みをかけることもなく、なんとなく勉強していた。模試からの想定得点より80点ぐらい低い点数を叩き出す。

 足切りに合う可能性もあるけどひとまずって感じでAO試験に出願。足切りには合わなかったが、面接で全く話せず落ちる。センター終了後から考えていた、「浪人してちょっと人生考え直すかな」が現実味を帯びてくる。前期は「たぶん落ちるだろうけど記念受験だしな」と思ってAOで受けた大学と同じところを受ける。

...なんか受かった。

 

6.大学生

 性格はそんなに変わらず。「高校のとき変なこと何もなかったしなあ」と思いいろいろできそうな団体に所属する。楽しむ。大学は落ちると思っていたから勉強に対してモチベも上がらなかった。さぼるのに慣れていない1セメスターは結構ちゃんと行った。が、6単位落とす。(合宿をレポートの締め切りより優先したこと。数学勉強しなさ過ぎたことが原因)

 2セメスターからはタクシー会社でインターンを始める。勉強がおろそかに。かつ授業のさぼり癖がつく。3単位落とす。結構さぼっているのに単位がそれなりにとれたことに味を占める。(前セメスター落としまくっているのを棚に上げて)

 3セメスターでは後輩ができた。団体でもできたし、タクシー会社でもできた。また、仙台であるイベントに参加するようになる。タクシー会社での仕事、団体の仕事、他に所属している団体に顔を出すこと、イベントに参加すること、趣味の時間など様々なことに時間を割くようになり、大学に全く意識が行かなくなる。14単位落とす。(個々の原因全く解明していなかったことに今更ながら気づく。1年から2年に上がった意識がなかった。)

 4セメスター(現在)でも3セメスターと時間の割き方が変わったぐらいであまり変わらない暮らしを送る。勉強に対する意識が低いまま過ごす。3セメスターで留年が見えていることを理解したが、忘れてのんべんだらりと暮らし、テスト前にストレスが溜まりすぎて爆発する。

 

7.まとめ

振り返ってみるとこんな感じになります。

ざっと見た感じ

【性格の変化】小学2年生~小学4年➡小学5年生~小学6年生

【行動の変化】高校生➡大学生

勉強へのモチベーションは「先生に褒められたい」という承認欲求にあったようです。

それがないと態度に出てますね。(小学5年生~小学6年生の時期や受験期・大学生)

現在物事に対して意欲が湧かないのも「認められたい」という承認欲求があまりないからなのかもしれません。だからと言って、勉強しなくていいわけではないので(ことねは卒業資格が欲しいのです。)勉強ができるような環境をつくっていこうと思う次第です。

 

それでは今回はこの辺りで。次は性格の変化か受験期の私について深ぼっていこうかなと思いますー。

今までの不義理と私の甘えについて

こんばんは、ことねです。

テスト前になにやってるんだろうな、と思いながらも書きたいので書いてます。

 

今、他の人に対してひどいかかわり方というか対応をしているわけですが、そういえばこういうの複数回やってるわ、と思ったので書いときます。

 

こういう関わり方になる明確な原因はわかんないけど、私の精神状態がパンクしたときになるんだと思う。どっかで書いたけど、今は仙台で張ってる気がぷっつり切れちゃったんじゃないかな。その反動で傷つけてる人がいるんだよなあって思うんだけど、思うだけで自覚までに至らない。不甲斐なくてごめん。

影響したことは諸々あるけど、それは悪いものではない。

根本原因は私にあるから謝らないでほしい。

私がこうなっていることに責任を感じないでほしい。

直接話せなくてごめんね。たぶん今会ったら自分に集中できなくなる。

弱っちいんだよね。許してくれるのであればあと1週間待ってくれたらと思う。

とてもわがままなんだけど、今は顔を合わせることすらエネルギーが必要でそしてそれは今空っぽなんだ。

 

またつらつら書いてしまったけど、

では、本題を書いていこう。

 

①小学校高学年~中学 友人Kとの関係

 小学5年生のときから仲良くなりだした友人K。現在も仲良くしている親友である。

5年生のとき、初めて同じクラスになった私と全然違うタイプの友人K。普通に友達として遊ぶようになって、交換日記とかもやっていた。高学年で急速に仲良くなった。

けど、小学6年生になって転校してきた子と遊ぶようになってから、私のその子とのかかわり方が露骨に変わった。その子は変わらず私のことを好きでいてくれたのだけど、それが嬉しくなくて(別に好き方が変だったわけでもない。仲良くなったころとおんなじ感じだったと思う。)邪見とまではいかないけど、ちょっと距離を置いた。なんかこうあしらう感じで。卒業までのたぶん半年?ぐらいはそんな感じだったと思う。

 中学に入って、転校してきた子が不登校になって(いじめられていたわけではない。勉強が嫌いでめんどくさく、つまらなかったらしい。家庭の事情もあった。迎えに行っても学校に来なくなってしまった。)たぶん私は寂しかったのだと思うが、友人Kのところに引っ付きにいった。友人Kは最初今更なんなのよ、という感じであったが結局仲良くなり、継続的に遊んで今に至る感じ。

流れとしては

仲良くなる→私が勝手に関わるのが嫌になる→また仲良くするという感じ。

 

②中学時代 友人Yとの関係

 小学1年生からの付き合いの友人Y。これまた今も親友である。かれこれ14年の付き合い。結構すごいと思う。ふたりでいるときはべったりだったが、学校で頻繁に一緒にいるわけではなかった。小学校を卒業し、中学に入学。クラスは別だったが、よく遊んだ。恐らく中学1年の冬からだと思うが、ちょっと距離が空く。これまた関わるのが嫌になる。年賀状を返さなかったりした。友人Yと趣味が似た友人ができ、その子を紹介するのもいいかなと思って紹介。そこからまた仲良くなる。

これまた流れは

仲良くなる→関わるのが嫌になる→また仲良くなる。

 

...ことねって面倒でしょ。たぶん無意識的にこの流れを通じて適切な距離を見極めつつ、相互依存みたいな感じに持ち込んでるんじゃないかなと思った。これってサシだからできることで、大人数になるとこれがやりにくいから苦手なんじゃないかなとふと。

 

あとは今は関わりがなくなってフェードアウトした感じのやつ。

③中学時代 部活(多分これが今の私の状態に近いんじゃないかなと思う。)

 初めての部活。バトミントン部に入った。別にバドミントンが好きなわけではなかったけれど、部活をやってみたくて。練習はすこし辛かったけど、みんなと一緒にいるのが楽しかった。初めてダブルスを組んだ。初めて試合に出た。負けた。今もルールはよくわからないけれど、相手のサービスの方法が部活でやっているものと違った。すごく気に入らなくて抗議したけど受け入れられなかった。や、相手は普通にルール内のことをしているだけだったんだろうけれど、違うということが気に入らなかったんだと思う。その動揺が大きかったのもあり負けた。

 ...ちっちゃいことだったけれど、それがきっかけになって結局部活から逃げた。全然部活に行かなくなって、バドミントン部のメンバーとはちょっと距離をとって。自分は何も言わないまま担任が顧問に言ってくれるっていうから中学2年の誕生日に退部届を出した。

流れは 好きになる→やるのが嫌になる→逃走

地元に帰って会ったら話す、ぐらいの感じ。

 

④高校時代 友人R

 高校1年の時に仲良くなった友人R。今連絡とろうとしたら取れるけど、ぐらいな感じ。今はそんなに親しくはない。高校で初めてできた友人と言っていいんじゃないかな。3年間同じクラスだった。1年の時に私から話しかけて仲良くなった。けどなんか鬱陶しくなってしまってちょっと距離を置く。置き方が多分露骨だったのもあると思う。同じメンバー内だけれどもそんなに仲良くない、みたいな感じになり高校卒業を迎えた感じ。

 流れは 好きになる→ちょっと鬱陶しくなる→疎遠になる

私にとってもその子にとっても健全じゃなかったなあと思う。

 

大きいところで言うとこんな感じなんじゃないかなあ。規模感小さくすればもっとあると思うよ。今のやつを除いても大学入ってからもちょっとやってる節あるし。

 

書き出してみると不義理がひどいね。私こんな感じです。

 たぶん自分の中にある人と関わることにおけるプレッシャーとかストレスがマッハになると甘えが出てくるみたい。こどもの反抗期とかイヤイヤ期みたいな感じなんじゃないかと思った。

 私がが私のことをダメな奴だなって思っているから先に酷いことをしておいて予防線を張る、みたいな。おそらく想定を二つしていて①やっぱりこいつ(ことね)とは合わないから去る②まあこういうやつだけどいいか、っていう二つにしたいんだと思う。微妙なラインでふらふらしているのが疲れたのではとも思ったり。

 

 ここ2回で言っている組織のメンバーってたぶん私にとってすごく難しいんだと思う。小学校からの友人みたいにリラックスできる関係だったんだけどそれと仕事は別だしなって感覚で。

仕事してるとさ、ちょっと背伸びしなきゃいけないなって思うんじゃないかな。最初の頃はそこだけにエネルギーつかってたから楽しかったんだと思う。けどいろんなことに手を出し始めて、他にもエネルギーを使うようになって。

お金もらっている仕事じゃないしあんまり責任感湧かんしな、やりたいことじゃなくなってきた→でも仕事だし頑張らないと、動かんと進まないし、エネルギー割かないと→でもなあ…みたいなループ。

 それで結局頑張れなくなって,クズを露呈して(甘えて)対象の判断を仰ぐ、みたいな感じな気がしてきた。1年の頃は友達とか仲間感があったんだけど、最近は勝手にやらされ感が出てきたんだと思う。友人ってよりも仕事一緒にする人みたいな感覚。

あ、もうダメストレスやばい、でも頼れないし(というかやることはわかっているけど行動に移せない。自分で作りだしてるプレッシャーでパニック)。…逃げる。

けどこんな自分でも認めてくれるのかなあ、どうなんだろうねえと思いながら。

迷惑かけてるから顔合わせたくないし、こう関係をぶちっとしているのは自分だから加害者意識一応あるし、連絡とったらそれが増えるから連絡とりたくない、無理。現実見たくないって感じ。無理無理もうやめて、みたいな。

…すごいめんどくさいやつだな、私。漠然と知ってたけど、ここまでとはという感。

 

書いてたら多少すっきりしたので結構合っているんじゃないかな。前回ので気分が悪くなるって書いてたのは友人?仕事?んん??みたいになって混乱していたからな気がする。あと仕事に関することみたくなかったからじゃないかな。

友人というエネルギー補給になる関係と仕事というエネルギー消耗につながる関係がほぼ同一だから、関わるだけで自分の不甲斐なさを感じて精神が死ぬから避けるみたいな。

 

何故私がこんな人とのかかわり方をするのかの根本原因はまだわからないけど、仕組み的にはこんな感じだと思う。書いているうちに凄くいいわけ臭い文章になってしまったけどだから許せということを言う気はまったくない。だってこういう人間だから、会う合わないあるからね。

でも仕方ないなこの野郎、ちょっと待ってやるよって思ってくれる人がいたら嬉しいし、根本原因解明を手伝ってくれる人がいたらもっと嬉しい。状況じゃなくてこころ・感情に寄り添ってくれる人が欲しかったんだなってテスト前のくせに昨日読んだ本でわかったから。

 

中学高校から「友達の基準って何だろう?」って考えてたけど、昔とはちょっと違った形で「友達って何だろう?」って今思っている。あなたの意見を教えてくれると嬉しいです。

 

それでは今日はこの辺で。明日大学行きたくないなァ。

ことね

今の思いをただつらつらと【見ない方がいい】

やあ、ことねです。

ことねの部分、本名苗字で書きたいところですが、一応ブログなのでこっちで書きます。知ってる人は当てはめて読んでくれたらいつもの感じだと思うよ。

 

この文章が誰の目にも止まらなければいいのにな、と思いながらも目に見える場所においてしまう私を許してほしい。私に希望をもし持っている人がいるなら見ない方がいいよ。こんなめんどくさいやつどうしたってもの好きじゃなけりゃ誰だってごめんだよ。

 

ひたすらにやさしい君は本当に読まないでほしい。今ものすごく君と出会えたことに感謝している。わたし、今まで出会った同年代の中で一番君が優しいと思っているし、尊敬している。けど、会わなかった方が君を傷つけたりしなかったのだろうと思うと会わない方がよかったんだろうとも思っている。物凄く傷つきやすくてとっても頭のいい君だから私がつらつら書いている中以上に何かを見つけ出して深く考え込みそうだ。無理は言わん、やめておけ。戦略的撤退をどうぞ。

 

君たちが知っての通り(だと私は思っているけれど)私はクズだ。自明の理だと思っている。自分勝手で自分大好きで、他人に興味があって相談に良く乗る癖に自分のことをいろいろ話したがる。けど、自分で思うに自己開示は下手糞だし、人と関わるのも上手くない。基本的に動きが早くてよく逃げる。

そんなわたしだからこそ思うこととか言えないこととかたくさんある。

なんかもう今吐き出せないとずーーーーっと溜め込んでまた爆発させると思うから出しときます。ごめんね、絶対誰かを傷つけると思う。逃げて。

 

 

 

 

 

 

 

みんな逃げたかな。

じゃ、書きます。

 

 

 

 

 

 他人の気持ちをわかるやつなんてそうそういないし、恒常的にわかろうとするやつもそうそういない。声をかけるタイミングにかけられるやつはいないんだなということ。今までの環境が恵まれすぎてたのか、悩みがなかったからなのかはわからないけれど、大学になってから思う。

なんで気づかないんだろうね。私自分では結構声かけてると思ってるんだけどなあ。おなじものを欲しがるなんておこがましいのかしら。私そんなに感情隠してないと思うし、誤魔化すのうまくないと思うんだけどなあ。表面で出てるだけでいっぱいいっぱいなのかなあ。なんで噴出するまでわかんないんだろう。私が自分のことを吐き出すの下手糞なせいかな。やっぱり私は私がもうひとりほしいなあ。

 

 組織に入ると組織というフィルターがかかっちゃうなあということ。私だけなのかな、そのあたりはよくわからないけれど。集団が苦手だ。全体像が掴めないから、各個人の付き合いにならないから。グループで仲良くっていうのがものすごく苦手らしい。責任感もなければ、仲間意識もそんなにないのだと思う。この辺りは今、よくわからなくなっている部分でもある。

今、その組織に混ざる自分が全く想像できない。自分がその中で何をやりたかったのかがわからなくなって、結局一人がいいんだなで落ち着きそうな自分がいる。

今日がなくて放置してくれていたら、2月にはそうなってたんだろうなと思う。

今はよくわからない。

何故自分がその組織のことが好きだったのかわからなくなって、パソコンでちらりと見るやり取りを見て少し気分が悪くなる。なんでそんなに見えない誰かのために頑張れるの?どうして私は見える誰かのために頑張ることもできないのだろう。頑張るですらないちょっと動けばいいだけなのにね。それすらままならない。

誰かのために怒る姿を見るといいなあって思う。私がそうしてもらったことってあったかしら。もう私、他人の気持ちを考えるだけの余裕もないんだろうね。馬鹿だなあ。

 

今のどろどろはこんな感じじゃないかなあ。

誰も見てなきゃいいのにな、と思いながら書いてしまう。

それでは、どこかで

 

小学5年で転校して中学入学前に去っていったあの子は元気にやっているのかな。タイミング的に今ぐらいだと思うんだけど、一緒に行きたいなあ。